「知らない」ということ

こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?

 

この間、「山へキノコ採りに行ったら、狐に化かされた」というおばあちゃんの話を聞いて

ちょっと化かされてみたいかも…なんて考えてしまっている今日この頃。

化かされる方、意外といるらしいです。

温泉を見つけて入ったと思ったら、葉っぱに埋もれていた…とか。(本当かな?)

 

収穫のためのカゴを背負っていくと、「食べ物を持っている」って狐に目をつけられやすいらしい。

 

さて、そんな話はさておき。

 

新米の季節となりました。

 

皆さんの食卓に並ぶお米。

どんなふうな過程をたどって、そこに辿り着くかご存知ですか?

 

実は先日、「新卒の社会人の子が収穫期を迎えた田んぼをみて、『米ってこうやってなっているの、知りませんでした。』と言っていた」という話を聞いて、驚いたのです。

 

お米を育てたことのない私がこんなことを言うのもおかしな話ですが

なるほどこれは、ちょっとした社会問題では…と思いました。

 

「魚は切り身で泳いでいると思っている子供がいる」なんて、冗談みたいな話だと思っていたのですが、どうやら本当らしい。

 

“自分の目の前に並ぶ物たちが、どんな人が、どうやって作られて、どこから来ているんだろう?”

って、意外と忘れがちな気がします。

 

あなたの目の前に並ぶそれは、そこまで仕立て上げるために、たくさんの人やモノや時間を費やしてそこにある。

その対価としてお金を払っていて、「お金があるからなんでもできる」というわけじゃない。

 

お金を払えば手に入る、が「あたりまえ」になっているって、すごいことなんです。

 

それを知らずに過ごすというのは、ちょっとなんだかなあ…と感じてしまうのは私だけでしょうか?

 

そんな私も、まだまだ知らないことばかりの若造なのですが

生涯「学ぶ心」を持っていたいなあ、と思います。

 

「無関心」「無知」ということを自覚できたとき「知りたい」とか「学び」につながって、はじめて世界が広がるんだよな。

 

 

こっちに来てから勉強になることは、生きることの本質でもある「食」に関することが多い気がします。

 

なんせ山形の先輩方は、アケビの皮とか、雑草とかのおいしい食べ方まで知っているから。(そしてこれが本当においしいんだから驚きだよなあ。)

 

そうそう、いまの時期は、町のおかあさん達から大量の収穫物の保存方法を学べます。漬物とか、干し物とかね。

 

かつては冷蔵庫もないから、そうやって冬を越したんだよなあ。

ほんとうに、たいしたもんです。

この景色も、人の手がはいってこそ、できている。

 

 

まだまだ色々教わらなくちゃいけないなー!

 

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